[SS]茜色プレゼント

夕暮れ時。ミーガーはいつもの公園で空を眺めながら、黄色に染まったキャンバスに、暖色系の絵具を置いていると、背後に人の気配を感じた。
絵を覗かれることはそう珍しくないので、特に気にもせずにいたが、挨拶くらいはと筆とパレットを持ったまま振り返ると、そこには夕日に照らされた幼い少女が立っていた。
年の頃は、十かそれに満たないかと言ったところだ。

「こんにちは、ミーガーさん」
はにかみながら少女はその年恰好に似合わず礼儀正しく挨拶をする。
ミーガーも、どうもこんにちはと応える。
見覚えのある顔だった。たしか、ここ数日の間に見た子どもだ。
「あー、えーと確か」
ところが名前が出てこない。
少女はくすくすと笑った。桃色のおかっぱ頭が小さく揺れる。
「カリンよ、ミーガーさん」
ああ、そうだ、そういう名前だった。
「あー、えっと、最近、この辺りに引っ越してきた」
「うん、そう!」
少女は先ほどより増して笑顔になる。ミーガーは名前を忘れていた事に申し訳なく思い頭をかくも、カリンは特に気にする素振りもないどころか、つま先を上げてミーガーの背中越しにキャンバスを覗く。
そんな少女の仕草に気も軽くなり、ミーガーは再びキャンバスに向かい、少し渇き気味になったパレットに水気を足し、かき混ぜ、色を作る。パレットの上に広がる数々の暖色から色を適当に選び、キャンバスへと移していく。
その作業をカリンは後ろからじっと眺めていた。その間、会話はない。
「あー」
その沈黙を破ったのはミーガーだった。沈黙に対し、特に気まずさはない。だが、どうもこう背後から凝視されると、いくら鈍感なミーガーでも流石にやりにくい。

「えーと、珍しいですかね?」
少し苦笑気味に尋ねると、カリンはぶんぶんと首をふった。
「ううん、でも、とってもきれいだと思って」
幼い子どもが相手とはいえ、自分の絵をきれいだとほめてもらえるのは、まだ無名で絵画界でも若輩者のミーガーにとって悪い気はしなかった。
「おそらをかいているの?」
「そうですよ」
「おそら好きなの?」
「ええ、好きですよ」
同じ年ごろの妹がいるせいか、小さな子供の扱いには慣れていた。適当に相槌を打ちながら作業を続けて暫く、カリンは飽きもせずミーガーの背中の右から、左からと懸命にその途中までの空を眺めていた。

「この絵、ほしいなあ……」
カリンがつぶやいた。ミーガーは驚いた。今まで誉められこそすれど、欲しがる人など誰一人いなかった。
正直な気持ち、ほしいの一言は随分と嬉しいものだった。絵のあれこれを全く知らない子供であったとしても、否、知識のない素直な感想だから余計なのかもしれない。
「これ、どこがいいと思いました?」
ミーガーは聞いてみた。いつも描いている絵とさほど変わらないこの絵の、何がこの少女の琴線に触れたのか。
「うんとね、えっと」
少女はもじもじとしながら、ミーガーが作り出した空を指さした。
「色」
「色?」
「うん!」

ミーガーは首をかしげる。いつもの空と違う点と言えば、夕焼け空であるくらいで、特に新しい技法や斬新な色遣いもしていない。とはいえ、子どもだとこういう素直な色遣いが好きなのかもしれない。
「この色が好きなんですかね?」
「うん! だってすごくやさしくて、あったかい色だもの! それにこの絵の色は、わたしが今まで見てきたいろんな夕焼けの中で、一番きれいな色してる」
「そうですか?」
ここまで誉められたのは初めてだった。例えお世辞であろうとも悪い気はしないものだ。それほどまでに気に入ってくれたのなら、この絵を求めているのだと言うなら、是非引き取ってもらいたいと思った。
「いいですよ、では完成したらこの絵はあげますよ」
その言葉に驚いて振り返る少女の目が大きく輝いていた。
「ほんと? ほんとなの? うれしい!」
カリンは途端に火がついたように走り回り、そして慌てて躓くも平気で起き上がり、にこにことしている。よほど嬉しかったのだろうか。

「ねえミーガーさん、この絵、いつできる? 明後日できる?」
「そうですねえ、もう少しだけかかっちゃいますねぇ」
その言葉を聞いた途端、さっきまでのはしゃぎ方から一転、カリンは急に暗い影を落とした。
「ええ、そうなの? もうすこしだけ、はやくできない?」
不思議に思ったミーガーは、明後日に何かあるのかを聞いてみた。するとカリンは少し寂しそうに話し始めた。
「わたしのお姉ちゃん、明後日からムテルアって街に行くの。ホントは今までもお仕事でムテルアに行ってたんだけど、今度はきしになるからって、もうしばらく会えなくなるの。さみしいけど、きしになるのってすごくスゴイことなんだって。だから、お姉ちゃんにお祝いのプレゼントをあげたいの……」
そしてお金を貯めて何を買おうかと色々考えたが、これというものがどうしても見つからず、今日もプレゼントを探しに出かけていたが、思うようなものを用意する事は出来なかったらしい。
その通りすがりにミーガーの絵を見て、色を見て、すぐに姉の笑顔が浮かび、これだと思ったそうだ。

「お金たりるかな……」
カリンの手には数枚の銅貨。それを小さな指で数えている。
「お金はいいですよ、君にあげます」
するとカリンはぶんぶんと首を振ってそれを拒否した。
「だめ! ちゃんとお金は払わなきゃいけないの!」
「は、はあ……そうですか」
「そう! あ、でも、絵が出来るの、間に合わないかなあ……」
カリンはひどく肩を落としている。彼女はこれからまたお店を探しに歩くのだろうか。ただでさえ、もうすぐお姉さんと離れ離れになってしまうというのに。そう思うとても不憫に思えてきた。

暫くの間の後、ふとミーガーの中で一つの案が浮かんだ。
「そうだ、じゃあこうしませんか? 明日からこの絵を完成させるお手伝いをして下さい。こちらの半分側から君が塗っていくんです。そうすれば明後日までに間に合います」
「え!」
カリンはこれまでにないほど驚いた顔を見せた。喜びからではなく、本当に驚いているようだ。妙な案だっただろうか、ミーガーは少し不安になった。
「えーっと、君もこの空の色を塗ったと知ったら、お姉さんも喜ぶんじゃないですかね?」
「ほんと? でも、せっかくのきれいなそら、きたなくならないかな?」
「汚くなんかなりません。それに色も一緒に作ればいいです。一緒に作るものだから、お金も要らないです」
ミーガーは自分の言葉にうんうんと頷くと、カリンの表情は驚きから喜びへと色を変えていった。
また喜び走り回り、そして慌てて転びそうになるも、今度はうまくバランスを取り、躓く事は免れたようだ。
「お姉ちゃん、よろこぶかな、よろこぶよね。びっくりするかな? えへへ、楽しみ」
「楽しみですね。お姉さんにプレゼントしたら、報告して下さいね」
「うん! それじゃあえっと、もうおそいからまた明日くるね!」
「はい、また明日」

そして二人はまたこの場所でと約束を交わし、カリンはスキップをしながら帰っていった。ミーガーはそれを軽く手を振りながら見送った。
辺りはまさに日が沈もうとしていた。旅立ってゆく茜色を見てミーガーはふと記憶の片隅にたどり着く。そうだ、たしか彼女のお姉さんの名はまさにこの太陽と空の色だ。

──だってすごくやさしくて、あったかい色だもの──

彼女の事はまだよく知らないが、きっとそういう人なんだろう。
そこにいなくても、妹をあんな笑顔にさせる人なんだろう。
ミーガーはようやくほったらかしにしていた画材道具たちを片付け、よいしょと荷物を抱えているのか抱えられているのか、そんな姿でその場を後にした。

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