[SS]平凡な日々

ある晴れた朝。日差しのまぶしさで目が覚める。 予定よりもはやい目覚め。こんな日は何故か気分が良い。
今朝の朝食は、鮭のオニギリに、特製味噌汁。 昨日釣った魚を焼いて醤油で食う。ありきたりだがウマイ。

バウワウワウワガウバウバウ!
ガタンッ! ガタガタ! ドスッ! ドスッ!
家が揺れる。震源地は、明らかに玄関。
……半蔵が着た。ゴン太も一緒だな、間違いなく。
そしてこの地震はゴン太から発せられているものと考えて正解だろう。 戸に突進でもしているのだろうか。
あいつらは凄い。どんなに時間をずらしても正確に朝食時にやってくる。
「おーっす! サルトビー! おら、はよ起きろサル!」
オレがピシャンと勢い良く戸を開けると、
「なんだ、やっぱり起きていたのか。おはようさん。……ん? なんだ魚と醤油のイイニオイがするじゃねぇか?」
わざとらしく言いながら、いつもの銀髪が連れ犬をひょいと拾い上げ、ニィと笑う。
「そんなコワイ顔すんなって。今日も邪魔すんぜー。まあま、タダとは言ってねえだろ? ほら、いつものようにコレ。持ってきたぜ」
半蔵の手には酒瓶がひとつ。ゴン太の首にはスカーフでツマミがくくられている。 わかっていたことだから、俺はもう一人分の朝食と、一匹分の朝食をしぶしぶ用意する。メニューは同じく、鮭のオニギリに特製味噌汁、そしてこいつらを誘い出したであろう香りの発生源、焼き魚。 しかし……半蔵はともかく、ゴン太の食う早さは並じゃない。流石は忍犬といったところだ。数分かけて用意したメシが一瞬で消える。

─────。

「さって……一服もしたことだし、そろそろ行くかねぇ」
半蔵がすくと立ちあがる。目線の先の鳩時計が時を知らせる陽気な鳴き声をあげる。 俺もその目線と同じ方向をちらっと見てから頷いた。

俺達は縛られることを嫌い、自由気ままにくらしている。毎日を暮らすための金は、忍者とは名ばかりの何でも屋のようなことをして得ている。大きな仕事の見つからないこうした平凡な日は、町のほうへ出て、簡単な仕事などをして報酬を得ている。
俺も覆面をし、いつものスタイルに着替え、準備が整う。
さあ、今日はどうしようか──。

緩やかな山道を下り、しばらく歩いたところ。 お昼前の活気溢れる街に入り、人の波も激しくなってきた。
馴染みの八百屋のジイさんに軽く挨拶をすまし、いつもの指定席へと辿り着く。
……ここか? ここは商店街のちょっとしたスペースだ。
「さあて、いっちょはじめますかね」
そういって半蔵がどこからともなく取り出したのは少し古ぼけてはいるが丁寧に調律されたであろうヴァイオリン。
一呼吸置いて、そのヴァイオリンから美しい音色が奏でられる。
半蔵ははっきり言ってズボラだ。そんなヤツから出てくるのが不思議なくらいのこの美しい音色。
しかし俺はこの弦楽器の音色が好きだった。
街行く人々が一人、また一人と足を止め、いつのまにか大勢の人だかりになる。
皆、このどこか懐かしい旋律に魅了されてしまったのだろう。
……その間、俺は何をしているかというと、自慢にならないが、音楽の心得はまったくない。楽器の扱いなどできたものじゃない。だからこの演奏に魅入っている観客と同じく、ただただそれに耳を傾けているだけだ。

その音色がゆっくりと演奏を終えると、辺りは拍手喝采。小銭も沢山投げられる。
丁寧にお辞儀をする半蔵。投げられた小銭を拾うゴン太。
「何してんだ。ほれ、お前も拾え」
げし、と蹴られる。ああ、本当にこいつのどこからあの音色が生まれるのだろう。

「今日は結構儲かったな。さぁて、次はどうする?」
演奏後のヤツはいつも嬉しそうだ。ゴン太に噛まれようが、お構いなしなほどだ。
ある程度の儲けがでたところで、俺はつり竿を取り出す。今日は仕事らしい仕事はしたくない気分だ。
「オッケー。じゃあ……今日は堤防にでもいくか?」
俺は頷く。
「よっしゃ。じゃあ行こうぜ! いっぱい釣れよ。釣らねぇと、ゴン太アタックだぜ?」
俺は以前、興味本位でゴン太と戦ったことがある。しかし、ヤツは強い。本気で強い。おまけに素早い。
ゴン太アタック……それだけは勘弁だ。

空は青々とし、雲一つない快晴。太陽が燦燦と輝く正午少し過ぎ。
堤防に到着したところで、その辺で拾ったエサを針に通し、釣りを始める。
「おーし、でけぇの釣れよ。でけぇの。俺? 俺は見てるだけ」
……………。
「あっ、痛え! オラ、ゴン太! 噛むんじゃねえ!」
…………?
「だああ! やめろ! お前は手加減とかしらねえだろ! い、いてっ! いて!」
……なんだろう。
「……よーしよし。わかればいい、わかれば」
……殺人未遂で終わったようだ。
「しかしハラ減ったな。メシでも食うか」
こくん。俺達は握り飯を取り出し、頬張る。
「お前も食うか、ゴン太? ホレ。……って、痛え! 手まで噛むな!」
……相変わらずだ。
ゴン太の視線が俺の左手にも感じる。さっさと左手の握り飯も処分してしまおう。
……と、お? 一匹釣れた。結構でかいな。
「おぉ? 釣れた? よっしゃ、ソレ俺のな。結構でかいんじゃねぇか?」
食うのが楽しみだ。
……と、よし、二匹目だ。今日は調子が良い。
「よっし、順調じゃねえか。それゴン太のな。……って、冗談だって冗談。泣かなくても良いだろ。がんばってこいつの分も釣ってやってくれよ」
……命は惜しい。何が何でも釣らなくては。
─────。

「結構釣れたんじゃねぇ? これで明日のメシも安泰だな」
まったく。思っていた以上に沢山釣れた。
気がつけば日は沈みかけていて、赤色の空と黒い鳥の泣き声が夕刻を示している。
「もうこんな時間か。そんじゃ、あっこ行こうぜ。かぶら屋」
なかなか良い選択だ。かぶら屋は馴染みの茶屋の一つで、味も値段も悪くない。

「いらっしゃいませー!」
いつもの看板娘が向かえてくれ、いつもの席にドガッと腰掛ける。
「んー、何にしようかねえ。あんまり贅沢はいってられねぇからな。ダンゴ三本と茶ぁ頼むわ」
「はい、かしこまりましたー! サルトビさんはいつものやつでいいかしら?」
こくん。
ここは楽だ。店員が俺のメニューを覚えている。
俺のメニュー。それは饅頭2つとほうじ茶だ。安いが、これがなかなかうまい。
「おまたせいたしましたー!」
と、明らかに多めの料理を持って店員の娘が来る。そんなに頼んだ覚えはないが。
「びっくりしたって顔ね。常連さんに、特別サービスよ。さあさ、たーんとめしあがれ!」
思わぬ御馳走に思わず笑みがこぼれる。にやり。半蔵もゴン太もおなじ顔だ。
ああ、うまい。こんな御馳走を食ったのは久しぶりだ。

「……くぁ~! うまかったぜ! かぶら屋を選んでよかったよかった」 本当に凄いやつだ。食に関してこうも勘が働くやつも珍しいと思う。 だが、俺もついでにその恩恵を授かっているのだからあまり多くは語らないでおこう。 日はすっかり沈み、空も暗く、目を慣らさないと辺りが見えにくい。 大量の魚と満腹のハラで身体がなかなか不自由だ。 「あ~~、たまにはこういうのんびりまったり過ごすのもいいねぇ」 まったくだ。あとは家に帰ってフロでも入って寝るだけだ。

なんだかんだとダラダラ歩いているうちに家の前まで帰ってきたようだ。
目もすっかり慣れ、少し緩めの山道を歩いたせいか、腹具合も落ち着いてきた。
「さって、それじゃ俺らはこの辺で。また明日な」
バウワウワウワウ! ゴン太も一緒になってほえる。
半蔵はゴン太をヒョイと拾い上げ、ニカッと笑い、すたすたと歩きながら片手をひらひらと振る。
ヤツがいつものように闇の中へ消えた後、俺は家の近所の温泉まで行くことにした。
一日の疲れと海の磯の香りを落すのにはやはり風呂だ。
今夜は妙に月が綺麗だ。風呂に入りながら、ひとり月見酒などと洒落こもうか。

こうして俺の平凡な1日は終わる。平凡過ぎるが、俺は毎日を楽しんでいる。
忍者らしくないと言われるが、俺は「らしい」で括られるのが嫌いだ。
俺は俺であり、やりたい時にやりたい事をする。
こんな俺だから半蔵とも合うのかもしれない。
やつはきっと、また明日も朝食時に現れるのだろう。
焼き魚と醤油の匂いにつられて。

さて、そろそろ休もう。明日は少し体力の要る仕事が待っている──。


サルトビと半ちゃんとゴンちゃんの日常。特にオチはない。

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