[SS]本日の果たし状

あるイズルビの昼下がり。木漏れ日がなんとも美しい林の中で。
本来ならば歌でも歌い出したくなるような春の陽気だが、生憎俺は現在仕事を依頼されている身であり、またその任務遂行中であり、そしてその任務が今まさに終わらんとしている。樹の影から標的の様子を気配を殺し、懐に仕舞った任務書と標的を見比べる。そして一人確信の頷き。間違いない、奴だ。
奴は俺の用意した罠にまんまと足を踏み入れる。やや警戒した様子だが、気にすることは無い。俺はお前の好みなど熟知しているのだよ。

次の瞬間、ガサッという音と共に一羽の小鳥が樹から樹へと羽ばたく。
それに驚いた標的は光の速さで罠から遠ざかる。まずい……俺としたことが、このままでは奴を逃がしてしまう。
こうなれば強行突破だ。俺は標的が走り去った方へ向かった。

手にはねこじゃらし、そして鰹節にマタタビの実。この装備ならば奴も俺の前に屈するに違いない。
懐に忍ばせた手配書には「にげたみけを見つけてください」とおぼつかない字で猫の特徴と共に記されている。
任務を引き受けた以上、この手配書を作成したであろう童の願いを叶えてやらねばならない。

猫は素早い動きで町のほうへ向かった。俺もそれに続く。家に帰りたくは無いのか、それとも俺が恐ろしいのか、これほどまでに必至な猫は見たことが無い。しかしそれとこれとは話が別、俺は猫を捕まえ依頼主へ届ける。それだけだ。何、足の速さならば自信がある。お前と体力比べといったところか……依頼ではなければお前とは良き好敵手になれていたかもしれない、などとよくわからないことを心の中で言い出す辺り、俺の気分も無駄に盛り上がってきたのだろう。
さあ何処だ猫! 俺はここだ! 俺の魔の手から逃れられるかな? 貴様は所詮、この誘惑からは逃れられぬのだよ!

誰の目から見ても一人盛り上がっている俺に対して町の者達の奇異なものを見る視線など全く気にする余地など無かった。
ましてその中に一人、まったく別色の視線を向けている者がいる事になど。

その日からだ。どうにもここのところ何者かに探られている気配がする。
俺とて忍であり、人の気配、視線などには常人よりも敏感だ。そして俺に恨みを持つ者も何人もいることも知っている。だから今回のものそういった者達が闇討ちの機会でも伺っているのだろうと思ったが、不思議なことに本来そういう者どもが持ち合わせている「殺気」「怨恨」といったものが全く感じられないのだ。

俺は自宅の扉を開く。すると扉の隙間に挟まれていたらしき文がぱさりと足元に落ちる。
俺はその文を開き目を通してみた。

「拝啓サルトビさんへ。はじめまして、サルトビさんにど────しても渡したいものがあるので、今日のお昼にお団子屋さんまできてください。キャー! デートですね! これはデートですね! 照れちゃいますね! キャッ! もしきてくれなかったとしても、ちゃんとお届けに参りますからご心配なく。かしこ」

――果たし状――!
俺は悟った。成る程、この者は思っていたよりも速い段階で腹を括ったようだ。余程俺の命が欲しいのだろうか、文面の至る所に心臓を意味する記号が散りばめられている。
それならば仕方があるまいと思いつつもしかし、この挑戦を受けてたとうにも西空は既に茜色に染まっている。
あまり気は進まないが団子屋へ向かってみるべきか。出会い頭にすみません遅れましたと言えばいいのか、そんな間抜けな場面を想像しつつ団子屋の方向へ向かったその時だった。

夕日を背に小さな影がこちらにゆっくりと向かってくる。
逆光で姿はよく見えないが、俺は直感でこの手紙の主だと感づいた。
影は一瞬立ち止まると、
「サルトビさん……」
確かにそう呟いた。俺は微動だにせずその影から目を離さない。
「サルトビさあああああああんッッ! 会いたかったッ……!」
女の声だった。女は物凄い勢いで迫ってくる。並みの忍びでも出せぬ、ただならぬ速さだった。俺は咄嗟にクナイを取り出し額目掛けて投げる。女はそのクナイを軽々と弁当箱で受け止めた。この土地には珍しい金色の長い髪が大きく揺れる。
手加減をしたつもりはない。暗殺に関しては必要以上の実力を持っている。その俺のくないを、こともあろうに弁当箱で!
「サルトビさん……嬉しい……! 会いにきてくれたのね!」
バカな! 俺はまだ団子屋へ第一歩目を踏み出しただけだというのに!
動揺している俺に女は事もなさげに弁当から鮭の刺さったクナイを取り出しこちらへ向けた。青色の眼が微笑みながらまっすぐこちらを見据える。あの速度で斬りつけられては、流石に無傷とはいかないだろう。
だが、女はただただ軽やかに弾むようにゆっくりと近づいてくるだけだった。
「もうっサルトビさんったら、そんなに早くお弁当食べたいんですか? これはぜーんぶサルトビさんのために作ってきたものなんだから焦らなくてもいいんですよっ!」
拍子抜けしている俺に、はい、あーん。といいながら鮭を口元へ近づけてきたのだった。

まさかこのような突撃が日常化するなど、その時の俺にはまだ考えもしない。
そんなある日の夕暮れ時の出来事だった。

書庫サルトビTOP