[SS]スペシャルモンブラン+α
その日、ヴィッツは珍しく悩んでいた。手は普段通りにグラスを磨くも、頭は普段あまり使わない分ショートしそうな勢いだ。
もうすぐホワイトデー。先月、堅氷の月14日のバレンタインデーにて贈られたプレゼントのお返しの日だ。
本来ヴィッツはあまり異性として女性から慕われるようなタイプではないのだが、喫茶店なんてものを経営しているからだろうか、従業員や常連客などからチョコレートを頂けたのだった。
この喫茶店『Regenbogen』は、今は亡き両親が「人が集まり、人と人の繋がりに、虹のような架け橋になるように」との願いを込めて名付けられたことをヴィッツは幼い頃から散々聞かされていたし、その由来をとても気に入っていた。
だからバレンタインデーのような人の繋がりや愛情などを重視する行事では、必ずその関係を応援をするような特別セールやメニューを用意した。それが両親の望んだ店のスタイルだったし、そうする事で人々の暖かな関係や笑顔を間近で見ていられるのが嬉しかった。誰かと誰かがこの店のおかげで上手くいった例などを聞いた日には、それだけで一日中幸せな気分になった。
あくまでヴィッツは誰かを応援する側であり、誰かに提供する側であり、言葉は悪いが脇役だ。
とはいえ、どうやら見てくれている人はいたようで、義理とはいえ特別な行事に贈り物をもらえた事を、ヴィッツはとてもありがたく思っていた。
さて、この感謝の気持ちを、どう表現すれば良いだろうか。つまるところの、お返しの品だ。
お店のスイーツを一品無料、なんてのもありきたりだと思いつつも──、
「えー? 私それでいいですよ?」
「あたしもあたしもおー!」
「へ、そんなもんでいいの?」
「別に凝ったのとかいいですよ、そんなたいしたものお渡ししてないですし」
「あー、でも無料券三枚だとうれしいなあー! 三倍返し、なんて」
「そ、そお? うーん……よっしゃオッケー! 任せときなー!」
「ヤッター!」「わーい!」
──とお店の常連客の女の子らにはそう言われたので、無料券を三枚渡す事にした。
喜んでくれてるのならと思うが、どこか味気ないような気もする。
本当にこんなもんでいいの?
それとも自分がはしゃぎすぎていただけ?
彼女らの贈り物は、ヴィッツが思っていた以上にとてもとても軽いものだったらしい。
たしかに貰えたそれらは、包装こそ綺麗にされてはいたが、よくある雑貨屋に積まれている安価なチョコレートが大半だった。いや、価格でその価値が決まるわけではなく、ありがたいことには変わりはないのだが、せっかくのお祭りもとい大切な行事なのだから、もっと喜ばれる事は出来ないものかと思っていた。
一番喜んでもらえるものが“無料券”、やっぱりただの喫茶店の人でしかないのだろうな。
いや、お返しは喜んでもらえてナンボだ。だからこれでいいはずだ。でも! しかし! だけど!
誰かを応援する側であり、誰かに提供する側であり、見守るだけの脇役なのだからそれでもいいのだが、正直どこか寂しい。
もうちょっと、お返しを楽しみにしてくれてもよくないかい?
ふと多くの華やかな包みの中に一際目立った、手作り感あふれるシンプルな茶色の紙袋を思い出す。
飾り気のないそれを、あの子は少しばつの悪そうな顔でどうぞと差し出してきた。
他の包みと比べると見劣りする、そういう事を気にしたのかもしれない。
その子は近所に住む女の子で、配達の仕事をしている。様々な荷物を届けるために、しょっちゅうあちらこちらを飛び回っている元気いっぱいの女の子だ。ヴィッツもよく荷物を託したり、あるいは受け取ったりしていた。そんな仕事である関係上、あの日は特に忙しかったのではないだろうか。
ヴィッツは常々思っていた。
あの子の方こそ、まるで虹のようだなあ。
沢山の誰かから誰かへ、荷物に込められた大切な想いと喜びを、何処かから何処かへと笑顔で繋ぐ虹。
いつもは明るい笑顔を向けてくれるのだが、あの日は余程疲れたのだろう。いつもより少しだけ力のない笑顔が多忙な一日を物語っていた。
そんな中、ついででもなく、わざわざ届けてくれた。
お手製のそれは、沢山いるであろう大切な人たちへの贈り物と同じもの。中にはチョコチップクッキー。
一口食べてみると、市販のものよりもずっとサクサクと美味しく、あっという間に平らげてしまった。
きっと受け取った人に喜んでもらえるようにとの想いを込めて焼かれたに違いない。
あの子の“沢山の大切な人”の中に、自分もちゃんと同じように含まれていたことがとても嬉しかった。
ヴィッツはなんとなく、その子には、三枚の紙切れで済ませたくはなかった。
以前モンブランが一番美味しいと言ってくれたから、特別にスペシャル仕様のモンブランと紅茶のセットをごちそうしよう。
これは必須だとして、もう一品、何か。
ぬいぐるみ? 子供っぽすぎるだろうか。装飾品? ちょっと柄じゃない気がする。
ヘンテコなモノや実用品も喜んでくれるだろうが、折角だからもう少し愛嬌のあるものがいい。
ふと脳裏に浮かんだのは、かつてパラムの土産屋で見たピンバッジ。
鳥をモチーフとしたそれは角度によって虹色に光る、異国情緒のあふれるデザインで。
シンプルながらに丸く可愛らしいそれは、印象に残ってはいたが結局買わず仕舞いだった。
買っておけばよかったなと思いつつ、カレンダーの日付を見ながら計算をする。船でパラムは少し遠い。明後日の定休日で一日。もう一日を臨時休業にすれば、その前日、つまり今夜発てば……ぎりぎり可能だ。
そうと分かればじっとしていられない。
プレゼントを喜んでくれる事を期待しながら、いざ行かん、虹色の鳥を求めて南国の島へ!
「よっし、みんな! 突然で悪いけど明日はパラム行くから臨時休業!」
と高らかに告げて「なんで急に!?」と周囲を驚かせるのだった。
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