[SS]怒りの粛正

「あのー、すみません」
その日プラムローズ孤児院に訪れた来客は、この場にあまりにも似つかわしくない風貌だった。中央の眼帯男の両サイドには坊主頭の男と帽子に髭面という三人組だ。そのあからさまな姿に、若い牧師ランディスは警戒しつつ、孤児院の門の前へと迎えた。心構え的には立ち塞がったという気持ちだが。
「何のご用でしょう」
三人組は揃ってニヤニヤしている。やはりあまり歓迎できる客ではなさそうだとランディスは察した。

「私達、こういう者なんですけどお」
其々のウェストポーチから取り出した紙をひらりと広げ、揃って掲げて見せた。指名手配書だった。描かれたお尋ね者の顔が、そのすぐ隣で同じ顔をしていやらしい笑みを浮かべている。
「……つまり?」

大柄なランディスは腕を組んで彼らを見下ろした。戦闘になった際を想定して見てみる。体格はこちらが上、ただし武器が無い。
「オレたち、今カネに困ってんだ」
そういって眼帯男が取りだした一丁の銃。オルテンシア社の紛い物の銃だ。紛い物とはいえ銃は銃。相手の獲物が銃となると、この体格も的が大きくなる分不利と言える。
「孤児院だか修道院だかしらねぇけど、困ってる人には平等にジヒだっけ? くれるんだろ?」
坊主頭が取りだしたのはナイフだ。鋭利なそれをこれ見よがしにちらつかせている。
下種共め。ランディスは大よそ牧師らしからぬ悪態を胸の中で呟いた。

未開拓であり荒れた大地で未だ国家はない、そんな大陸の片隅にあるこの孤児院には、みなしごや捨て子が多く保護されており、牧師、シスターに育てられ慎ましく暮らしている。
ランディスも孤児としてここで保護され育った者の一人だ。成長し、巣立っていったものも多い中、あえてランディスはこの孤児院に残り、不足している男手、牧師の道を選んだ。孤児院を守るためだ。
巣立っていった者からの仕送や人々の寄付金で生活を補っていることから、当然のことながら裕福な暮らしではない。むしろ常にぎりぎりだ。
そんなところからわざわざ金を絞り取ろうと思うに至ったのは、か弱きシスターやまだ幼い子どもたちばかりの集団であり、恐らくは最も有利に事が進められると踏んだからだろう。
荒くれ者が訪れることは土地柄あり得ない話ではない。しかし初めて直面した場面にランディスはどうすべきか迷った。

「申し訳ないのですが、そんな余裕はありません」
厳格な態度は崩さぬまま、ぴしゃりと言い放った。
すると髭帽子が棘のついたずしりと重そうな鈍器を取り出し、その存在を示すようにトントンとその柄を自らの手にひらに打ちつける。
「俺達ァ、ハラ減ってんだよお。こんなのでアタマ叩いたら、みんな死んじゃうかもしれないねえ」
「保安官に捕まっちゃうねえ」
「でもオレらもう賞金首だし、別にかまわねえよなあ?」
「だな!」

極端に不快な言いまわしと下品な笑いにランディスは眉をしかめる。これは脅しだ。しかしそんなことで怯んではならない。孤児院にある金は、こんなゴロツキ共を食わせるためのものではなく、人々から未来ある子どもたちへの善意のこもった大切な金だ。それに、この手の輩は一度でも許してしまうと終わりだ。何度でもたかられてしまう。そうして潰れていった施設の例を、ランディスは新聞記事から知っていた。
それに、ここで引いてしまえば、一体何のためにわざわざ孤児院の男手という道を選んだというのか。
「食い扶持位自分で何とかしなさい」
「物分かりの悪い牧師さんだなあおい! それとも死にてえのか!?」

見た目の通りに気の短い坊主頭が痺れをきらし、苛立ちを露わにしてきた。坊主頭はナイフの先で円を描くようにくるくると回す。それでも脅しには屈さない。
今、この孤児院を守れるのは他ならぬ自分だけなのだから。キッと睨みつけると、リーダー格の眼帯が坊主頭を下がらせ、そしてランディスに銃口を向けた。息を飲んだ。いくら相手が小物臭漂うチンピラといえど、引き金ひとつで命を奪う武器を突きつけられ平静ではいられない。が、それをぐっと堪える。
「本当はこういうコトしたくねえんだけどなあ、しょうがねえよなあ」
言いながら、眼帯は引き金に絡む指に力を込めた。カチャリと小さな音がした。ランディスはその指から目を離さない。そして眼帯は引き金を引いた。と、同時にランディスはそれを避けるためさっと体を滑らせる。バンと銃声が鳴り響き、後方からガラスの割れる音がした。威嚇射撃だった。だが回避しようとした際にかすめた衝撃でランディスの左目にかけた片眼鏡が吹き飛んだ。
片眼鏡は弧を描いて落ち、眼帯の足元へと転がりついた。ひびの入ったそれを、眼帯のいかついウェスタンブーツが踏み潰す。
「もう一度言うぜ、今度はわかりやすく言ってやる。金を出せ、ありったけな」

その率直すぎる言葉は、ランディスの耳には届いていなかった。視線は眼帯の足の下にある眼鏡に注がれていた。表情はない。
その様子に気付いた眼帯は、さらに挑発するようにぐりぐりと踵に力を込め眼鏡を踏みつけた。フレームは拉げ、衝撃で弱っていたレンズはとうとう耐えきれずぱきりと音を立てて砕けてしまった。
その音を引き金に、ランディスの中で何かがぶちんと切れてしまった。

ランディスはゆっくりと、ゆっくりと面を上げ、言った。
今までよりも増して威圧感のある鬼の形相だった。
「……れは」
「あ?」
「この眼鏡は貧しい中、目の悪い私が困らぬようにと皆が、子どもたちまでもが金を出し合い買ってくれた大切な物なのです。それを侮辱するような扱いをし壊しましたね。いいでしょう。私が天誅を下してやります」

言うや否や、ランディスは駆け出した。
言ったはいいが、こちらは丸腰。武器を持つ者、しかも複数を相手にするのはあまりにも不利。何か探さなくては。
「ナメくさりやがって、死ね!」
眼帯はランディスの足元目がけて発砲するがやはりあまり腕はよくないのだろう、距離が出来てしまうと弾丸は地面に身を埋めるだけだ。
さらに数発追加するが、どれも狙いは外れ、敷地内に銃痕だけを残すこととなる。坊主頭がナイフを投げてきた。ランディスは栽培しているトマトの苗の隣に立てかけてあったスコップを咄嗟に手に取りそれを弾いた。

スコップを捨て、さらに駆けていくうちに後方からぱん、ぱんと銃声が鳴った。しかし遠くからだ。自分に向けられたものではない。
しまった、まさか館内を狙われて──と、ようやく見つけた獲物を手にし慌てて身を翻し引き返すと、どういう訳か男三人が足元を抑えうずくまっていた。
何が起こったかわからぬ三人は混乱した様子だったが、修羅場を潜ってきた精神だけで立ち上がり、よろめきながらも武器を、眼帯は銃を、坊主頭はナイフを、髭帽子は鈍器を構えた。

だが彼らは引き返してきた牧師の影にごくりと息を飲んだ。大柄な牧師の影がさらに一回り大きくなっていたのだ。三人はその影が手にしていたものに仰天した。馬鹿な、と血の気が引き、体温が下がったのを感じた。 土管だった。太く、強固な土管を、牧師は両の手で抱えていた。
「まとめてかかってきなさい。全員潰してあげます。こなくても潰してあげます。あの眼鏡のように」

奴らの状況は分からないが、動けなかろうがお構いなしだ。容赦などしない、ランディスの中の怒りの炎は未だ激しく燃え盛っている。
土管を構え、ランディスは蹲る三人に向かって走り出した。焦った眼帯が何発も発砲するも、哀れ弾丸は撃った数だけ、盾となったその巨大な管を前に力を発揮する事もなく弾かれていく。ナイフなど尚更、かしゃんと弱々しい音をたて墜ちてゆく。
髭帽子が鈍器を振り上げたと共に、ランディスは土管を持ち直し、ひと薙ぎ。左から右へ、ぶおんと音を立て、遠心力を持った土管は自由に動けぬ三人をまとめて武器諸共折り畳んだ。悲痛な叫びと共に、ただならぬ音がした。
土管を立て、ふうと一息をついたランディスは三人を見下ろした。ピクリとも動かない。腕があらぬ方向に曲がっている。片膝をつき、癖として縁起直し的に十字を切ってはおくが、やりすぎた、とは思わなかった。

「いや、やりすぎだろ……」
声のした方向に視線を向けると、見慣れた黒髪に黒いファーのついたコートを着たバウンティハンターが物陰から姿を表し、近づいてきた。そして潰れた三人組をしゃがみ込んで、同情の目で眺めている。
「痛そー……」
「あの銃声はルキノだったのですか。そういえば今日は帰って来る日でしたね。援護射撃、感謝します」

ルキノは同じ孤児院で共に育った家族のような存在だ。今では孤児院を出、賞金稼ぎとして暮らしているが、こうして月に一度は稼いだ金を寄付しに帰ってくる。
「援護じゃなく、後は武器を奪ってそれで終わりのはずだったんだけどな」
「とりあえずロープの用意を、あと保安官に連絡して下さい」
「マジかよ、まだ動けないようにすんの……」

すると、騒ぎに怯えながら様子を伺っていたシスターや子どもたちが、騒動は終焉を迎えたと察すると、恐々と二人の近くへと寄ってきた。それから皆は、ランディスや皆の無事とルキノの帰館を確認すると、互いに抱き合って喜んだ。
ランディスがそれを余所にゴロツキ共をこれでもかというほどに縛っていると、一人の少女が訪ねてきた。
「ランディスおにいちゃん、このひとたちわるいひとなの?」
身動きが取れず白目を晒し、意識も違う世界へと旅立っている哀れな状態の三人を、少女は憐れんだ目で見ている。ランディスは考えた後、目に入った三枚の手配書を拾い、そして金額の部分を指さして言った。
「いいえ。罪を改め、この孤児院に寄付をしに来てくれた人たちです」
「ほんと? じゃあもうわるいひとじゃないのね?」
「そうです。ここにはもう悪人はいません、安心なさい」
ほっと胸をなでおろした少女は、さらににこにこしながら言った。
「おかねくれたなら、ランディスおにいちゃんのあたらしいめがねもかえるね!」
そう言われ面食らったが、まあそのくらい報われてもいいだろう、ランディスは素直に「そうですね」と返した。
そして粉々になった片眼鏡をほんの僅かに寂しそうな顔で拾うと、ついでに三人のウェストポーチから財布も抜き取っておいた。

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