[SS]償いの方法
大切なものを奪ってしまったら、どうすればいいのだろう。
取り返しのつかないものの場合、どう償えばいいのだろう。
小さな村の小さな教会に一人の少女がいた。名をユティアという。
彼女はいつものように祈りを捧げていると、三人の村人たちに呼び出された。
誰かが会いに来てくれる事はおろか、最早名を呼ばれる事さえもなかっただろうユティアは、自分が何らかで必要とされたのか、或いはとうとう許される時が来たのかと淡い期待を抱いたが、彼らの険しい表情を見るにどうやらあまり良い用件ではないらしい。それでもユティアは拒否する事は出来ない。ユティアは小さく頷き、彼らの後をついていった。
不安な気持ちで歩く事数十分。たどり着いた場所は村外れにある広場だった。
今ここには村の何割の人間がいるだろうか。しかし普段の穏やかさはなく、重く黒い空気が渦巻いている。
一体、何をされるのだろうか。そう思った瞬間、どこからか勢いよく飛んできた石つぶてがユティアの左こめかみに直撃した。激痛によろめき膝をついても、支えてくれる人などいない。
「人殺し!」
石の飛んできた方向から聞こえてきた。その言葉が胸に不覚突き刺さる。
違う、小さく首を振ろうとするが、はたして本当に違うのだろうか。
ユティアには完全な否定は出来なかった。
「返して、あの人、返し……てよ」
その人の顔は見えなかったが、震え詰まらせる声からその人が涙を流しているだろうことは想像に容易い。
それはほんの数週間前の出来事だった。
ユティアはもともとこの村の人間ではない。魔物退治を生業とする一族“ランバート”であるユティアと両親は、その名が示す通りに人に害を成す異形を狩り、旅をしていた。
そしてとある村の付近の洞窟から魔物が現れるという情報を入手した。幾人かの旅人がこの謎を解明しようと挑むが、戻って来る者はおらず、その度にさらに魔物が現れ村を襲うらしい。
腕の立つ両親は洞窟へ向かった。二人を魔物退治のプロだと頼もしく思ったのか、これまで警戒をしていた村人数人も、肉親のかたきだ、友のかたきだとその洞窟へとついていった。そして残されたユティアは村の警備をした。
彼らが洞窟へ向かって数日、案の定、魔物が村へ押し寄せてきた。ユティアは村人を守るために剣を、魔法を揮った。ある魔物は若い女性へ、そしてある魔物は子供を狙ったが、その度にユティアは呪文を唱え、的確な避難の指示を出した。襲撃はそう長くはなかった。最後の二匹を仕留めてからぴたりと止まった。しかしとうとう洞窟へ向かった者たちは戻ってくる事はなかった。
それから間もなく、その洞窟を調査するという男が現れた。金の髪に冷たい目を持つ若者だった。彼の放つ危険さ、殺伐とした空気は、引きとめる言葉を遮るかのようだった。
そして数刻。若者は戻ってきた。返り血を浴びていたが無傷だった。そして彼の口から洞窟の真実が語られた。曰く、洞窟には鏡が一つあるだけだと。しかしその鏡に何らかの魔法が施されており、小さな鼠がその鏡が放つ魔法を浴びた途端、魔物に姿を変えたのだという。
その言葉が真実ならば、ユティアが今まで倒してきた魔物たちは、鏡によって魔物にさせられた村人たちと言う事になる。ユティアには受け入れがたい事だった。が、若者が洞窟から持ち帰ったお守りのようなものや何かのネックレスといったどこか見覚えのある品々は、若者の言葉が真実であることを十分なほどに示していた。
ユティアはその“鏡の洞窟”を、己の魔力によって封印を施した。誰が一体何の為に設置したのか鏡なのかは謎のままであったが、危険な洞窟なのには変わりが無い。これで以後は迂闊にも足を踏み入れ魔物に姿を変えられ村を襲う者もいなくなるだろう。
しかし家族を失った人たちには、それで済む問題ではなかった。
鏡の噂は瞬く間に村中に広まった。魔物の正体が近しい者たちだったと誰もに知れ渡った。
やむを得ぬ事態だったと受け入れる者もいたが、当然、そうでない者も沢山いた。
「魔物だからといってすぐに殺したりするから」
「動きを止める魔法だとか、別の魔法を使っていれば」
「あの人たちは姿を変えられただけで、襲う気なんてなかったに決まっている、それなのにあんたは」
ユティアはそれらの言葉の数々を受け入れるしかなかった。村人に囲まれ、冷たい視線を体中で浴びる。ユティアが何かを言おうとしたその時に、彼女の腕を目がけてもう一石。当たった個所が鈍く痛んだ。
「返せ!」
人を救うつもりが、人を傷つけていた。ユティアにはその事実があまりにも辛かった。魔物退治の一族“ランバート”の全貌は知らずとも、両親の考え方は「人を救う為の魔物退治」だった。ユティアはそんな両親の考えを尊敬し、自身もそれに倣い動いてきたつもりだった。例え両親が倒れようとも、その意志だけは守らねばならない。
しかしこの結果はどうだろうか。そう、村人たちの言う通りなのだ。きっと他にやり方があった筈。だからこれは私の罪だ。罪は償わなくてはいけない。だからユティアはこの村でシスターとなり祈りを捧げ、これからの命は人の為に生き、罪を償おうとしていた。
どうすれば彼らの心は救われるのだろうか。
望みは何でも受け入れるつもりだった。それで彼らの心が、この手で奪った数々の魂が、両親の誇りが救われるなら、どんなことでも。
「この世から消えてほしい」
誰かが言った。ユティアは声のした方へ振り返った。
「お前にしてほしいことなんてそれ以外何もない」
別の方向から聞こえた壮年の男の声。声の主は人々を掻き分け、ユティアの前に立つ。手に何かを持っている。それはナイフだった。ユティアは息をのみ見上げた。男の表情は怒りとも悲しみともれないものだった。
覚悟を決めなくては、そう思ったが男からは殺気は感じられない。男はユティアの前にナイフを放り投げた。石で出来た地面にかしゃんと響いた。ユティアは村人の望みが詰め込まれているそれを、美しく光を反射するそれを震える手でゆっくりと手にした。
やはりこれしかなかったのか。自分に出来ることなど、もうこれ以外にはなかったのか。
くるりと刃を己の方へ向ける。
そう、彼らには私のこれからなど必要なかったのだ。これからを捧げれば許されるなど、痴がましい事だったのだ。
彼らの大切な人々、愛する人々、姿を変えてしまったとはいえ命を奪ったのは私。このナイフよりももっと鋭いもので切り裂いてしまったのだ。
取り戻せない以上、これ以外にはなかったのだ──これで、苦しみから解放されるなら、むしろ──。
「本当に、ごめんなさい」
ユティアがやっと搾りだしたその言葉ははざわめきにかき消された。
覚悟を決め、その刃を胸へ突き立てようとしたその時だった。
目の前に伸びる腕にその刃を握り止められていた。
刃を捕えて離さない拳から滴り落ちる血に、ユティアは思わずナイフから手を緩めてしまい、そのままナイフを奪われてしまった。
見上げてみると、いつの間にこんなにもすぐ傍へいたのか、金の髪に冷たい目を持つ男が立っていた。
「テイルさん……?」
金髪の男、テイルの以前と変わらぬ表情の含まない目と目が合う。
「こんなところで何をしている」
「何って……」
村人たちも動揺は隠せないようだ。鏡の洞窟の件から、この男の持つ強さも冷静さも、そして異様な冷たさと危険な空気は皆知っている。しかしそんな男が何故ここに?
テイルは暫し周囲を見渡して、成程とつぶやく。そしてナイフを無造作に捨てながら言い放った。
「今後こいつに勝手な真似をするな」
落ち着いた声だった。なのになぜこれほどまでの威圧感があるのか。
威勢のいい誰かが、何を余所者が、と言い終わるより前に、
「余計なことをするようなら、お前たちのいう“大切な人”とやらの元へすぐにでも連れていってやるが」
あっけなく口を噤んでしまう。誰もが何も言えなくなってしまった。ただの脅しではない。この男なら本当に実行しかねない。
ざわめく一帯、後方の誰かが何かを言いながら走り去るその足音を引き金に、村人たちは不満を抱きつつも早々に散り散りになり、数分後には先ほどとは違う静寂があった。
ユティアは何かを言おうとして、上手く声が出なかった。まだ手が震えている。少し呼吸を整え、そしてやっと言葉になった。
「あの……ありがとうございます」
テイルは眉一つ動かさず「何がだ」と言った。相変わらず読みとれない瞳をしている。
「あの、助けていただいて」
「助けたつもりはないが」
「だけど」
「お前が封印を解かねば鏡の洞窟の調査が出来ない」
それ以外に何がある、と言わんばかりにテイルの言葉はあくまで冷たい。ユティアは少しばかり自惚れてしまった事に恥ずかしくなったが、視線の先にあったテイルの手から流れる血を見て我に返った。
「手の手当てを」
「触るな」
「傷が」
「俺に関わるな」
「でも」
放っておけるわけが無い。テイルは言葉や態度こそ突き放すものばかりな上、本人の意思とは関係ないところかもしれないが、こうして助けられてばかりだ。その礼は未だに一つも返せていない。鬱陶しいという自覚があるが、それでも。せめて、何か。
「洞窟を開けろ。それ以外の干渉はするな」
「洞窟は開けます。だけどその前に傷を」
押し問答が暫く続いたが、テイルの深いため息で決着がついた。
「……埒が明かんな」
うろたえるユティアを置いて立ち去ろうとするテイルへと手を伸ばすがあと少しの所で届かない。立ち上がろうにも情けない事に未だ足が竦んで動けないでいた。
「手当てを……」
「日を改める」
「待って下さい」
ユティアが必死に止めるも、テイルは容赦なくスタスタと立ち去ろうとする。が、数歩進んだところで立ち止まり、背を向けたまま言った。
「次は問答無用で開けてもらう。それまで勝手な真似はするな」
そう言い残し、今度こそそのまま去っていった。
テイルの言葉にはやはり温かみといったものはなかった。
必要とされているのは自分自身ではなく、封印の能力。言わばただの鍵だ。
それでも、ただそれだけでも、まだ誰かに必要とされているように感じた。
救いたかった命に消えてほしいといわれた命。
まだ生きていていいと言われたように感じた。生きる理由をくれたように感じた。
償いの名のもとにここで断たれるはずだった命、だけどまだここにある命。
きっとまだ他にやり方がある筈。それがどういう事かはまだ分からないが。
ユティアは額から流れる血を拭った。
それからようやく立ち上がる事が出来た。
悲劇のヒロイン(笑)(笑)が、かっこいい人に勝手に救われた事にした話。