[SS]桜が咲きました

お店の前の大きな桜の樹が満開になりました。
その桜につられたのか、ここ数日はお客さんの入りも良く、お店は朝から晩まで賑やかです。
春がやってきました。
私たちの経営するお団子屋の前には大きな桜の樹が一本あります。
イズルビの中でも指折りの桜の名所だと私は思います。
お客さんは、桜を見て喜ぶ人、大騒ぎする人、ジッと見つめてる人などさまざまです。

「ユイネちゃーん、お茶の追加おねがいするよ」
「ユキネちゃーん、お団子がまだきてないよ~」
「ごめーん、お饅頭も追加で注文していいかい?」
「あれ、これ注文間違ってるよ」

いつも大忙しですが、今日はいつもより大変です。
天気がとても良いからでしょうか?

桜の樹が落とす影がすこし傾きかけた頃。相変わらずの客の入りですが、注文を終えたお客さんたちは、皆のんびりと桃色の花を堪能しています。
「ふぅ、やっと一息入れれるよ。最近は桜のおかげか忙しいね。ユキネ、あんたは大丈夫かい?」
大好きな双子のお姉ちゃん、ユイネちゃんが話しかけてくれます。
「私はヘイキよ、いつも以上に頑張ってるもの」
「あんたは少しボケーっとしてるからね、ちょっと心配だよ」
「ああん、だいじょうぶだってばあ」
ユイネちゃんはその黒いお団子頭を傾げながら、心配そうに私を見ています。
でもねユイネちゃん。いつも以上に頑張ってるのは本当なのよ。

「ねぇユイネちゃん……?」
この無茶なお願いきいてくれるかな?
「ん、なんだい?」
私はその笑顔にいつも甘えちゃいます。
「ねぇ、この後ちょっとだけ、お店抜けていいかなぁ……?」
うん、忙しいのはわかってるの。
「どうしたの、どこか具合でも悪いのかい?」
ユイネちゃんはいつも私の心配をしてくれます。だけど──。
「そんなんじゃないけど……やっぱり、ダメよねぇ……?」
お願い、今日だけ、行きたいところがあるの。
ユイネちゃんは少しもためらわずに言いました。
「いいよ、行っといで。そのかわり閉店後の後片付けはお願いするからね?」
「ありがとう! ユイネちゃん、大好き!」

調子の良い言葉じゃなくて、本当の気持ちです。
私はエプロンを外し、 昨日から用意していたそれを、風呂敷に包んで持ち出しました。
ごめんね、ユイネちゃん。いつも甘えちゃってごめんなさい。
でもね、あの人ととっても幸せな約束をしちゃったんだもの。

──それじゃあ、あの広場の池の前で待ち合わせようか──。
風呂敷の中身はお弁当。おにぎりとお惣菜をたくさんつめました。
──時間は……夕方より前がいいね。影が傾くくらいの時間でいいかな──。
私は、風呂敷の中身が崩れないようにだけ気をつけて走りました。
──桜がとっても綺麗で静かな場所があるんだ。教えてあげるよ──。
うちの店の前の桜より綺麗のかな?
走りなれていないから、とっても遅かったと思います。息も切れてるのは自分でもわかります。
しっかり結ったはずのみつあみも、きっと乱れてる。だけど、顔はシッカリ笑っていると思います。

必死で走って数分後、広場の池に辿りつきました。
桜が満開でとても綺麗でした。 沢山の人が桜を見に、この広場に来ています。
私は弾んだ息でキョロキョロと周りを見渡しました。
来てるかな? 早過ぎたかな? 遅すぎたかな? 帰っちゃったかな?
ふう、とため息をついて顔を上げると、見覚えのある影が手を振って近づいてきます。
私もお弁当を片手に、ひらひらと応じました。

大きな風がひと吹き、桜の花びらが舞います。
“そこ”へ連れて行ってもらったら、私が最初にイズルビで一番綺麗な桜の樹を見つけるの。

誰にも内緒のお花見のはじまりです。

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