[SS]今日だけは感謝

灼天の月に入り4日が経った夕暮れ時。
その少年はガルスのとある宿舎の一室でいつもとかわらず本を読んで次の指令までの時間を適当に過ごしていた。

ああ、そろそろ来るんじゃないかな。そう思った矢先に扉の向こうからバタバタと騒がしい、粗野な足音が聞こえてきた。少年はハァとため息をつく。
その足音はちょうど扉の前で止まり、バタンと荒々しく扉は開かれ、その向こうには灰髪に赤いバンダナの男がやけに嬉しそうな顔をして立っていた。
そして男はそのまま両の手を広げ突撃しながら、
「し~~~ずうう~~~~~~」
まっ、と言い切る前に少年の呪符によるツッコミとは名ばかりの顔面攻撃で、男の叫びと突撃はそこで強制終了、そのまま床へバタリと倒れた。
「40く~~ん照れなくてもいいんだぜ~~」
男は顔面に呪符を貼り付けプスプスと煙を噴いている。
「照れてない。歩く雑音が邪魔だから始末しただけ」
40と呼ばれた少年は何事もなかったかのように淡々と読書を再開した。
「まぁまぁまぁまぁ、それはいいんだよ。それよりも、だ。今日はお兄さんと遊ぼうじゃないか!」
「一人で遊べば」
「つれないな~このう。遠慮しなくてもいいんだって」
先ほどのツッコミ効果は何処へやら、すっかりピンピンしている男のその驚くべき生命力も40こと四十万にとっては慣れたもの。
「煩いししつこいしむさくるしいし暑苦しいし気持ち悪いよウォレス。何の用」
するとウォレスと呼ばれた男は待ってましたといわんばかりにニッコリとした。
「何って、今日はお前の誕生日だろ? 我がチームの大事な大事なだいっじ~な弟君のお祝いにきたんだよ」
誕生日? あぁ、そういえばそんなものもあったなと四十万はふと思ったが口にはしなかった。しかしその間が逆にそう告げてしまったようなものだったようだ。
「どーせ忘れてたんだろう? オーケーオーケー。まぁお前が忘れていようがなかろうが今日はお前の誕生日なんだよ。だから……」
そこまで一気に言うとウォレスは片手を自分の胸に、片手を四十万の方へかざし大袈裟なポーズをとり、
「俺の! 愛を! プレゼントしにき」
たんだぜー、と言い切る前に四十万の呪符による顔面攻撃で再び強制終了の刑に処される。呪符からプスプスと煙を上げているウォレスを尻目に呆れたように口を開いた。
「バカなことやってないでもっと別の事に時間使ったら? だいたい僕の誕生日だから何。つまらないことで騒がないでくれる」
そう言い捨てるとウォレスは懲りずにがばりと起き上がる。
「つまんねぇとは何だつまんねぇとは」
「つまらないことだよ」
四十万は丁度読み終えた本をパタリと閉じウォレスの方をチラと見る。
どうせへらへらとしているかスネてるかむくれてるのだろうという四十万の予想を大きく裏切り、その表情はかなり本気で怒っているようだった。そのあまり見慣れない表情に多少たじろぐも、顔を背け少々の動揺を隠す。
「つまんねぇことじゃない」
「つまらないことだよ」
そんなやりとりを後1~2繰り返したところで不毛だと判断した四十万の方から口を閉ざした。

イズルビ人であるはずの四十万はエルシュナーラで生まれ、そして魔法の使えない四十万と両親の3人は奴隷として過ごすことになる……はずだった。
両親は奴隷生活に耐え切れずイズルビへ逃げ帰ることを決めた。そしてその時に足かせとなる幼い四十万を、あろう事に見捨ててしまったのだ。
泣いても叫んでも抱きしめてくれるはずの腕は遥か彼方へ遠のくばかり、物心付いた頃には怒りも悲しみも幼く孤独な身で背負わなければならなかった。時には、生まれてこなければよかったとさえも思ったこともあった。
そんな生い立ちの四十万が、生まれてきてオメデトウ、アリガトウなどと平和に喜べるわけもなかった。

「ともかく僕は」「お前は」
お互いが何かを言おうとしたところで同時に声が重なる。
このような時は大抵がお互いに発言を譲っていたのだが、この時ばかりは一拍置いてウォレスが言葉を進ませた。
「お前はさ、お前の両親が嫌いか?」
「それはどういうつもりで聞いているの? ウォレスは、僕がここに来るまでどんな風にして過ごしてきたか知ってるよね」
あまり気持ちのいいといえないウォレスの突然の発言に四十万も思わず睨みかえす。
するとウォレスは難しい顔のまま腕を組みうんうんと頷きながら、
「俺もお前の両親は大嫌いだ」
「は……? だから何」
「ものすごく大嫌いで、今ここに現れたら殴ってしまうかもしれないくらい嫌いだ。だけどな」
ウォレスは腕を組んだままくるりと背を向けさらに続けた。
「えーと、なんだ。今日はさ、思ったんだよ。なんつうか、すげえ嫌いなはずなんだけどさ。……四十万の両親様! 四十万を生んでくれてアリガトウゴザイマスー!! マジ感謝感謝!! ……てな!」
話しながら天を仰ぐポーズや祈りのポーズを滑稽に大袈裟に織り交ぜヘラッと笑う。
「そういうわけだから俺はすごく祝いたいわけだよ! こう、今日だけは感謝してやるみたいな! いや感謝させていただきますみたいな、違う感謝させてくださいませ的なさぁ!」
ウォレスはさらに続ける。
「ホントいい仕事してるぜ両親! どんなつくりかたしたらそんなアホウな両親から四十万みたいなイイコが出来るんだ? みたいな!」
だんだん話がエスカレートして微妙にマズイ方向へ逸れてきたところで、俯いた四十万は肩を震わせながら一言口を開く。
「……ホンットに……」
はたとそれに気付いたウォレスは慌てて四十万に駆け寄る。
「お……おいおい感激屋さんだなそんなことで泣くなよな!」
四十万の肩をポンと叩くと
「ホントにウォレスって……ただのバカじゃなくて……バカな上に単純な筋金入りのバカなんだね……ある意味感心するよ、本当」
四十万は笑いを堪えていた。

ズキューンズキューン!
それは突然に扉を貫き、ウォレスの頬とわき腹スレスレを通過し、壁に弾痕を2つつくる。
「はーいはいはい、おバカな話はそのくらいにして、ご飯できたから食べにいらっしゃーい」
2つの穴の出来た扉が開き、長い黒髪にイタズラっぽい整った笑顔が覗く。
「ちょっとアシャ! 僕の部屋でむやみやたらと撃たないでくれる!」
「あら~ごめんなさい、ノックのつもりだったんだけど、ビックリしちゃった?」
「……修理してよね」
「勿論よ、ウォレスがね」
アシャはクルクルと銃をまわしながら相変わらずのニッコリ笑顔で話を続けた。
「アシャちゃんは相変わらず過激だなあ、そこが愛くるしく子悪魔的で魅惑的な魅力をひきだ」
して、と言い切る前にアシャの銃から弾丸がウォレスの左こめかみギリギリを通過する。
「死にたくなかったら黙っててね、歩くセクハラ蓄音機さん」

アシャは四十万の肩をポンと押し、ご馳走の用意された部屋へと誘導する。
「ほら、夕飯。冷めないうちに食べて欲しいの。ね?」
ほんの少しだけいつもより柔らかい声に、四十万はこくりと頷いた。
「し、しょうがないな……せっかくだから頂くとするよ」
「よーしじゃあこの俺の愛も受け取」
「じゃあいこうか」
割り込んでくるウォレスのバカな話も慣れたもの。さらりと流しながら2人は部屋を出て、その後を追うようにウォレスも慌てて部屋を出た。

いつもとかわらない、だけどほんの少しだけ特別なそんな一日。

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