[SS]奇跡のクッキー

“お元気ですか? 突然のお手紙でごめんなさい。
今日はこちらシャンディルでとても流行っている有名なお店のクッキーが手に入ったので送ります。
大人気のそのお店はいつ行っても長蛇の列で、その中でも特に人気のこの『奇跡のクッキー』は、人気ナンバーワン。すこしお値段は張るのだけれど、その名の通り奇跡のような美味しさで、入手困難なのよ。これを買うのには一ヶ月も前から予約をしなくてはいけないんだけど、偶然にも知り合いからお土産として多くもらったので、お裾分けします。よかったら食べてね”

本当に偶然であり、本当に奇跡のような事が起こった。
それは一口食べるとたちまち体力が回復する、そんなマジックアイテムとして作成を試みたクッキーだった。

シャンディルの町の片隅でマジックアイテムばかりを作り売っているマールは、はっきり言って料理が苦手だった。
彼女によると、ポーションを作るのと料理を作るのとでは全く別の話、なのだそうだ。
お菓子の類のものは売り物になるように美味しく作れるわけがないと自分でもわかってはいたが、しかしはじめる前から諦めては駄目だと思いなおし、半ばやけくそで作成に挑んだ。
日ごろ、分量通りに料理を作ろうとしても、何処で何を間違うのか、謎の爆発を起こしては材料を黒い燃えカスにしてしまう、あるいは色の悪い不思議な物体を生成するマールだったが、その時に出来あがったそれは、どういうわけか見事な円に、綺麗なきつね色。 まさに奇跡、どこから見ても立派なクッキーだった。
「わ、私でも……こんなの作れる事があるのね」

しかし見た目はきれいでも味は破滅的かもしれない。マールは自分の料理を信じていなかった。
一呼吸置き、覚悟を決め、恐る恐る一枚食べた。
信じられなかった。それは驚くほど美味しかった。自分で作ったとは思えない出来栄えだった。
そして魔法の効果も見事に付加されている。不得意な料理で消耗した体力が、疲労ぐったりとした身が、スッと何かに抱きかかえられたかのように軽減される感覚。

大成功だった。間違いなく売れる代物だ。
だがもう一度同じものを作れるかどうかは自信が無い。
作った数もあまり多くはない。皿にひと山あるくらいだ。
これはもしかしたら、本当に今日という日が何かの気まぐれで起こした奇跡なのかもしれない。そう思うとマールはこの奇跡の作品を無性に誰かに食べてもらいたくなった。

マールはそのクッキーを、特に綺麗な形のものを選んだ。
それから数あるラッピングペーパーの中からいかにもお菓子のお店で購入したという体の可愛らしいものを選び、綺麗にラッピングした。そしていかにもお店で購入したというでたらめな内容の手紙を書き、それらを自身が作った小さな箱状の転送アイテムに丁寧に入れた。
今日は花薫の月、最初の日。嘘をついても許される日。
「ふふん。自分で言うのもなんだけど、アレを私が作ったとは思わないでしょ。騙されるといいわ!」
呪文を唱えると、光の羽を持った目覚めたばかりの箱は、ゆっくりふわりとマールの目の高さまで浮いた。
「行け、目指すはヴァンセージュよ!」

命を与えられた箱は、ゆっくりとマールの目の前から指さす方向──窓の外へ、空へと浮上し、徐々にスピードを上げ、北の空へと飛んで行った。
マールはそれを満足げな顔で、その姿が消えるまで見送った。
普段“守銭奴”とまで呼ばれるほどの凄まじい損得勘定は、その時ばかりは一切姿を見せなかった。


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