[SS]いたいのとんでけ
青空の下、砂漠の岩場に影が二つ。
「いたた、痛っ!」
先ほど派手に転んで出来た額の擦り傷に傷薬を塗る。
よく効く薬だと聞いたが、それがあまりにも染みるようで、いくら傷の為といえどもこうも痛がられるとなかなかに心苦しい。耐えるアルトは涙目だ。我慢してくれ、言うのは簡単だが痛いものは痛い。だが、傷はきちんと治さなくてはいけない。さて、どうしたものか。
ロイアードは、ふと記憶の片隅にある呪文を思い出した。
それはかつて怪我の多かった自分に、手当ての間によく姉に言われたものだった。
元々痛みに関しても鈍感な方ではあったが、優しい姉の柔らかい声による本物の魔法だったのだろうか、その呪文は実によく効いたように思えた。
自分が同じように出来るかは分からない。だけどやらないよりはマシではないだろうか。
人差し指をアルトの額の前に立てる。
ロイアードはアルトの額を見、アルトはロイアードの指先を不思議そうな目で見上げる。
ロイアードは徐に唱えだした。
「痛いの痛いの……」
額の前で指を軽く振る。
「飛んでけ」
至って真面目な顔で、すっと指を東の方角へと向けた。
素直に導かれたアルトも東の方角へと向いた。
「……」
「……」
訪れた沈黙。
アルトは東の空を見ながらぽかんとしている。
「痛みを消すまじないだ」
そのままの姿勢で、暫しの間。効いたのか、効いていないのか。
しかしよく考えたら、相当に子供じみたことをしてしまったのではないだろうか。とてつもなくばつが悪い。
「……まじないとは言ったが、実際には痛みから気を逸らせるためのもので、昔姉上がよく」
ごまかすようにそこまで言ったところで、アルトから漏れる感嘆の声。
「見て!」
指が示したその先に、ぽっかりと浮かぶ白い上弦。真昼の月だった。
「きれいだね」
「そうだな」
不発しかけたまじないは、どうやら偶然にもこの半円が受け止めてくれたようだ。
涙目だった丸い目はすっかり笑顔を取り戻している。
「痛いのは」
「飛んでった」
「慣れただけだろう」
「そうかも」
笑いながら額にばんそうこうを貼った。
関連:小さな誓い(@ひさきりず様)