[SS]憎しみの連鎖

ヘクトの人間である以上、襲撃される事があるのはわかっていたし、これまでも一人で行動をしていた時には何度か遭遇したこともあった。
だがロイアードは、これまでも、そして今回も決して反撃をしなかった。その結果、情けなくも傷を作って戻ることになってしまったのだが。とはいえ見た目ほど大したものではない。簡単な手当だけをして戻ったのだが、この血の滲んだ布をあちこちに巻きつけた姿を見た連れ合いの反応は、予想をしていたものとは大きく違っていた。

「絶対に許さない……もし、次に会ったら絶対に──」

単純な怪我ではない、刃物による傷。一目で何があったか理解したのだろう。
アルトの震える声に、ロイアードは、はっと面を上げる。そこにはいつものような笑顔はなく、後悔と怒りを含んだ表情があった。
まだ見ぬ相手への憎しみ。憎しみに歪む口元。目の前にいるこの少女にとっては、問題は傷の大きさなどではなかったのだ。

違う。違うんだ。
こんな顔をしてほしいわけじゃない。
どうすればいい? どうすれば。

「駄目だ、違う」

アルトの気持ちが痛いほど嬉しい。これほどまでに想ってくれる人がいる。自分は幸せ者だ。
だが、憎しみに拳を震わすそんな姿は見たくない。
この気持ちを伝えるにふさわしい言葉が見つからず、代わりにアルトを強く強く抱きしめた。

「わ、ロイ……? ど、どうしたの」

恨みや憎しみというものは連鎖する。憎しみを憎しみで返すといつまでも続く。
大切な人と、大切な大地には、そんなもので満ちて欲しくはない。
レジナにはもうこれ以上の血も争いもいらない。
だからどこかで断ち切らなくてはならない。どんなに痛くとも、辛くとも。

ひたすら耐える戦い方は、反撃もせず傷だらけで、ひどく無様かもしれない。
そしてその姿に胸を痛める者もいる。
だが今の自分には他にどうしていいのかわからない。
ヘクトの誇りも守りつつ、憎しみの連鎖を断ち切る方法を見つけることが出来るだろうか。

「き、傷が痛む?」
「いや」

明るく優しいこの少女から笑顔を奪わずに済む方法を探しだすことが出来るだろうか。
わからない。今はただ、強くならなくては。身も心も。
強くなることで答えが見える気がして、願いにも似た想いを、強くその両腕に込めた。


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