[SS]蛙の呪いを解く方法

「……魔女の怒りをかってしまった王様は、魔法をかけられてしまいました。“えいっ、くらえ王様”! すると王様はたちまちカエルの姿に──!!」
「うるせーよ、宿に帰ってからゆっくり読め」

ヴァンセージュの街を歩いている四人組のパーティ、その中で一際小柄な少女ミゼットが厚めの児童書を手に音読をしている。
通称ケロケロの本と呼ばれ親しまれているその本“カエルの王様”は、この辺りでちょっとしたブームになっているらしい。
あらすじによると、魔女にカエルになる魔法をかけられた王が元の姿に戻るべく大冒険をする話だ。とても面白い話だと評判だったため、どうしても読みたかったミゼットは魔法の勉強と称して購入したのだ。勿論、言うまでもなくただの童話なのだが。
「だってホントに面白いんですもん。チラッとだけ見るつもりが、どんどんと読んじゃう。普段本を読まないカルタスさんにはわからない事ですよおだ」
「うっせ、我慢しろ」
カルタスと呼ばれた赤毛の目つきの鋭い青年がそれを咎める。
不服なミゼットはつんと唇を尖らせた。
「ふーんだ、カルタスさんなんて魔女に呪われてカエルになっちゃえ」
「ねーよ」

そんないつもと変わらぬ調子のやりとりがあったのが昼間の事。
そして夜。街の片隅、川のせせらぎが心地よい静かな宿にてそれは起こった。

「カルタスさあん、夕飯出来たらしいですよ、カルタスさあん?」
カルタスの部屋をトントンと叩く小さな手。しかし中から返事はない。ミゼットは不思議に思い首をかしげつつ再度ノックを繰り返すが、それでも何の反応もなかった。宿に到着してからは飯、飯とうるさかったカルタスだ、こうも何度も扉を叩いていたら転寝をしていたとしても目を覚ますはずだが。どうすべきか判断のつかないミゼットが扉前をうろうろしていると、横から「何してんのよ」と声をかけられた。仲間のイスカだった。透馬も一緒だ。ミゼットにとっては頼もしい助け船だ。
「何、寝てんじゃないの? 起こさないとそれはそれで煩いから起こしてやればいいわ」
「でも、勝手に入って大丈夫ですかねえ?」
「年頃の女の子じゃあるまいし。別にかまわないでしょ。あたしなら金をとるけど」
「あはは……」
ミゼットはもう一度だけノックをした後、恐る恐る扉を開け、部屋の中をひょこりと覗く。部屋は薄暗く、やはりカルタスは仮眠でも取っているのだろうか。
姿は確認できないが、窓でも開いているのか、微かな風を感じた。
「カルタスさ~ん……寝てますかあ? 起きてますかあ?」
声をかけてみるも、人の気配は感じなかった。疑問に思い部屋の中へ入り、あかりを灯す。透馬、イスカも後に続いた。
やはり三人以外の姿は確認できなかった。ただし、旅の荷物はあるし、カルタスが普段使用している武器も扉横に立てかけてある。部屋を間違えているわけではないようだ。

「見ろ」
透馬が指差したベッドの上にはカルタスが普段着ている厚手のコート、ズボン、ターバンが投げだされていた。当の本人の姿だけきれいに消えてしまったかのようだった。それを見、三人は顔を見合わせる。
「カルタスさん、ゆ、誘拐されちゃったんですかあ……?」
「ふむ、服が残っているという事は……全裸の男を誘拐か」
「そんな誘拐、誰が得するのよ」
あれよこれよと言い合っているうち、カルタスのコートの下から小さな何かがもぞもぞと動いた。
「こ、これって……」
ミゼットがうろたえていると、透馬が落ち着いた様子でコートをゆっくりとめくった。
するとそこにいたのは、一匹のカエルだった。

「カ、カエル!!」
「カエルだわ」
「カエルだな」

手のひらサイズのカエルがのそのそと動いた。ふてぶてしい態度に鋭い目つき──似ている、姿を見せぬ仲間にあまりにも似ていた。
「ひょっとして、カルタスか?」
透馬が表情一つ変えずに言った。その言葉を聞いて、ただでさえ動揺していたミゼットの顔色がますます青くなっていった。
「バカね、そんなわけないでしょ」
現実主義のイスカが当たり前のように否定したが、ふと何か考えるように黙り、カエルをじっと見つめた。カエルにしてはありえないほどの人相の悪さで、人が近づいても動じない。可能性はどうだろうか? イスカが考えていると、涙目になっていたミゼットがとうとうポロポロと泣き出してしまった。
「うわああん、わたしが、わたしが“呪われてカエルになっちゃえ”なんていっちゃったから、ほんとにカエルになっちゃったんだああ! ごめんなさい、ごめんなさあいカルタスさああん」
ぎょっとしたイスカは慌ててそれを否定するもミゼットは泣き止む様子はない。
「そんなわけないでしょ、これはただのカエルだってば」
「だったらカルタスさんはどこにいるんですかああ! それに、カエルになる魔法は存在するんですよおお」
「それは……」
イスカが言葉に詰まると、当のカエルは呆れるかのように目を閉じてため息の一つでもしそうな顔をしている。イスカは思った。何て憎たらしい顔をすんのよ、このカエルは。

「……とりあえず、元に戻す方法を試してみるのはどうだろうか。そうすれば例え違っていてもひとつ不安が解消する」
考え込んでいたらしい透馬が腕を組んだまま言った。イスカも「まあ、そうね」と同意した。ミゼットも呼吸を整えながら小さく頷いた。
「で、その元に戻す方法は」
透馬とイスカは揃ってミゼットへと視線を移す。はっとしたミゼットは、目を拭い鼻を拭いの仕草を何度か繰り返す。促されている事に気付いているだろうに、繰り返すだけで、どうにも挙動が不審だ。不思議に思った透馬とイスカだが、大人しくミゼットの言葉を待った。
「あの、えーとですね、えーと……たしか“カエルの王様”他、変身の呪いの書や魔法辞典によりますと、えーと、なんというかあ……」
ミゼットがもごもごと言葉を濁している。その様子は知らないというものではなく、知ってはいるが言うか言うまいか、といったところだろうか。それにピンときたイスカが、知識として知っていたその物語や記憶を辿りその方法に思い当たり、少々戸惑った。
「え、あれって……本当にあの方法、マジな事なの?」
透馬はまったく思い当たらないらしく眉をしかめているが、ミゼットは少し顔を赤くして、視線を泳がせた後、躊躇いつつもこくりと頷いた。
「唇と言うのは、その、呪文を紡ぐところであって、その、魔力がすごく強いところらしいんです。で、えっと魔力を注ぐために、その」
「なるほど。呪いを解くにはお姫様のキスといったところね」
ハッキリと言われミゼットはどきりとしたが、対してイスカはニンマリと、とてもきれいな、しかし何かを企むような笑顔を見せている。
「接吻か。接吻すればカルタスは戻るのか」
「言っとくけど魔力ないと意味ないからね」
まだ続きも言わないうちからイスカは透馬の言葉を制した。
そしてミゼットへと向きなおし、
「そうそう、あたし、魔力ないから」
これまで見たこともないような、とても美しい輝いた微笑みだった。実際にイスカに魔力があるのかないのかはミゼットの知るところではないが、少なくともそれは「あたしはしません」という明確な意思表示だった。
「ならイスカでは意味がないな」
「あんたでも同じでしょうが」
「私が魔力が無いといつ言った」
「あろうがなかろうがもっと適任がいるでしょ」

小競り合いの後、二人は揃ってミゼットへと注目した。
「この中で一番魔力が高いの、誰かしらね? 魔法使いさん」
「え、え、え」
「“呪われてカエルになっちゃえ”……責任、とんなきゃね?」
「うっ……」
小悪魔のような微笑みを携え、イスカはミゼットの顎をくいとあげ挑発をする。
「嫌なら代わ」
透馬が言おうとした瞬間にはイスカの笑顔の裏拳が直撃していた。

ミゼットは暫く黙り俯いた。先ほどから妙な汗がじわりと滲んで止まらない。そしてカルタスらしきカエルをじっと見つめる。カエルは相変わらずどっしりと構えているのか、それともただ単に何も考えていないのか。そういえば言葉は通じているのだろうか、この状態だと状況を理解していないのかもしれない。もしかしたらカエルになっている間は都合よく記憶が飛んでいるのかも。

でも、姿はカエルとはいえ、そんな事……。
いつか素敵な恋人が出来た時にする事だと思っていたのに。すぐにぶんぶんと首を振り、これは回数のうちに入らないよね、カウントされないよね、そう言い聞かせるように、小さく頷いた。

昼間の事を思い出した。つまらないことで小競り合い、だけど決していやじゃなくて、そんな当たり前だった光景が明日もこれからも続くと思っていた。今ここで呪いを解かなくては、もうあの光景は戻らないのだろう。
ぐっとミゼットはカエルと向き合う。そして丁寧に両の手のひらへとカエルを乗せた。
“呪われてカエルになっちゃえ”、そんな事言わなければこんな姿にさせることはなかったのかもしれない。カルタスさん、ごめんなさい。これはただ呪いを解くだけですから、他になんでもないですから、もしおぼえてても気にしないでくださいね、知らんぷりしてくださいね、忘れてくださいね──ミゼットは心の中で何度も繰り返した。

ミゼットは固く瞳を閉じ、そしてカエルとの距離がほんの僅かになったその時、
「……人の部屋で何やってんの、お前ら」
聞き覚えのありすぎる声に目を丸くした三人の動きが石化したかのようにピタリと止まった。
そして声のする方向、扉へと揃ってゆっくりと振り向くと、ラフなシャツとズボンという寝巻き姿のカルタスが怪訝そうな顔で立っていた。
ちょっとした間の後、珍しく少々焦りの色が見えるイスカがようやく口を開いた。
「あんた何処にいたのよ」
「何処って、風呂だよ風呂。風呂行ってちゃわりーのかよ」
「普段の服、脱ぎ飛ばして?」
「着替えて行っちゃわりーのかよ」
すかさず透馬も間に入る。
「何故呼ばん」
「何故呼ばなきゃなんねーんだ」
「水くさいぞ」
「何がだよ知らねーよ!」

ぎゃあぎゃあと騒ぐ三人から少し離れた位置でミゼットは未だにカエルを手のひらに乗せたまま固まっている。それに気付いたカルタスはその奇妙な姿に不思議に思ったが、一瞬考え、すぐに思い至った。
「おいミゼット」
声をかけられたミゼットはようやく我に返り、ひゃあとカエルを放り投げ、カエルはミゼットの頭、棚、窓へと見事に移り、そのまま外へと跳ねて行った。
「お前、本に影響されすぎ。カエルの皮膚は有害物質だらけだぞ。カエルの王様ごっこか何かだろうが腹壊したくねーならやめとけ」
至って現実的な、極めてデリカシーのないその発言に、ミゼットの頬はみるみる紅潮する。羞恥と怒りとその他色々混ざった感情を抑えようと俯くが、消えてしまいたい気持ちがどんどん膨らんでいく。
「カルタスさんの……」
「あ? 何だ、俺はただ腹を」
「ばかああああ!!」
カルタスが何か言うより先に、涙目のミゼットが放つ雷がカルタスを直撃した。響く轟音、何だ何だと騒ぐ女将達。近くにいたイスカと透馬は、さっと左右へと飛び散る見事な動きでそれを回避していた。
「俺が何した……っつー話……だ」
風呂上がりから一転、黒焦げになったカルタスはそのままバタリと倒れた。それをつんつんと突くイスカに、はっと我に返ったミゼットが今度こそ顔面蒼白で駆け寄った。
「わあああん、カルタスさあんごめんなさああああい!」
「うん。責任、とんなきゃね」

とある夜、街の片隅、川のせせらぎが心地よい宿にて黒焦げの部屋に少女の泣き叫ぶ声。騒動の元となったカエルはそんな事はお構いなしに、ふてぶてしい姿で川へと帰ってゆくのだった。


慕ってくれているという自惚れが無いと書けないSS。

書庫カルタスTOP