[SS]油断大敵
「ここか?」
「ここですねえ」
「近所にこんな屋敷があったんだな」
「そうですねえ」
目の前にそびえ立つのはこの街でも若干浮くようなきらびやかな豪邸。それを愕きの目で見上げるミゼットに尋ねる。
「……なあ、この格好で大丈夫か? 俺ヤバくねえか?」
乱雑に頭に巻付けた布切れ、ロングコートを羽織っただけの粗野な格好に、胸から腹にかけて大きな傷が覗く。立派で繊細な屋敷とあまりにも不釣り合いで、扉を叩くのには少々躊躇われる。
ミゼットはカルタスの姿と屋敷を交互に見ると、
「……カルタスさんはスーツのような衣装でも借りてきた方がよかったかもしれませんねえ」
と苦笑いしながらしみじみと告げた。
「やっぱそうか? だよなあ。こんなデカい屋敷だとはなあ」
「冗談ですよお。私たちは依頼で来ただけでお客さんではないので、大丈夫だと思います」
「んだよな。俺らは作業員だ。気にする事はねーな」
「でもコートは閉じてた方がいいと思います」
「…………わかった」
今朝届いた依頼は荷物運びだった。
本来は魔物退治や護衛といった仕事を主に行っているだけに、荷物運びなどは郵便ギルドにでも頼めと言いたい所だったのだが、元々この数日間は皆疲労がたまっており、それぞれあまり体力に負担を欠けず、且つ金銭効率を重視した依頼をこなすという予定だった。仲間の透馬もイスカも今日は分担して別の簡単な依頼に向かっている。
荷物を運ぶだけで金が貰えるのなら願ってもない事だ。荷物の中身は聞かされていない所がやや不安ではあるが。
「荷物運びくらいなら私一人でも出来るのに、カルタスさんは心配性ですねえ」
カルタスも今日は別の依頼に向かい、この一番簡単な荷物は運びの依頼はミゼットが受け持つ予定だったのだが、その報酬額がどうにも気になる。羽振りがいいのか、やけに高額だった。若干遠方とはいえ、たかだか荷物運びには多すぎる。内容も聞かされていない。不審に思ったカルタスは予定を変更し、ミゼットの抱えた依頼に同行する事にした。
「お前がこの仕事を失敗するよりかは俺も手伝って確実に達成する方が金銭効率がいいんだよ」
「信用されてないですねえ、もう!」
「んなんじゃねーけどな。いいか、荷物運びっつってもナメんじゃねーぞ。おら、いつもの復唱」
「いえす! 『常に警戒!』『ピンチの時はすぐ叫ぶ!』『気合いと根性!』」
「後一個」
「えっと、『油断大敵!』」
「おっし。いくぞ!」
「おぉー!」
ミゼットが素直に手にした杖を精一杯掲げた後、カルタスも頷き、その仰々しい扉を叩いた。
通された客間は豪華でありながら洗練されており、座り心地のいい猫足のソファに腰掛け、品のいい老執事が出してくれたやけに香りのいい紅茶をすすって二人で依頼主を待った。ミゼットが扉の傍らにて待機している執事をちらりと見ると、執事は柔らかく微笑み会釈を返した。
なんというか、かなり雰囲気がいい。
「ねえカルタスさん。私たち、なんだかセレブになったみたいですねえ」
「……なあ、やっぱこの格好はマズかったんじゃねーか……?」
「……かもしれないですねえ……カルタスさんなんて半裸だし、なんかトゲトゲの武器持ってるし。もう、なんでもっとビシっとした服着てこなかったんですかあ? 信じらんないですよお」
「お前な……!」
場違いな格好の旅人二人が小声でコソコソと話す間も嫌な顔ひとつしないこの屋敷の執事や召使いの様子を見るに、この屋敷の主もかなりの大らかな人物なのだろうか。そんな事を考えていた矢先に、今回の依頼主が労いの言葉と共に姿を現した。
四十代後半位の上品な婦人で、あまりにも想像通りで思わず感心する。ミゼットは少し緊張しているようだった。
「貴方達が依頼を引き受けて下さる方達なのね? 嬉しいわ、どうもありがとう。助かります」
「い、いいえ」
婦人はミゼットの手を取り微笑む。他愛のない話ではあるが二人は盛り上がったようだ。
そして自分には娘がいてここから遠くに住んでいるだとか、服を作るのが趣味だとか。
カルタスにとっては退屈そのものだったが、ミゼットは談笑して随分緊張がほぐれた様子だ。
しかしなるほど、訪問前は随分と警戒したものの、今回は単純に相場の知らない世間知らずな金持ちの依頼なのだろう。
先ほどからの会話や空気、雰囲気をなどから分かる。
「それで今回の依頼の詳細は?」
婦人の人柄が良いのは分かったが、どうにも話が長い。カルタスは痺れを切らし、盛り上がる二人の会話に割り込む。
あらごめんなさいと照れながら手を離す婦人は、それでもペースを乱す事なくゆっくりと口を開いた。
「さっき娘のお話をしたでしょう? ここから馬車で一日程の所にある村に住んでいるのだけど、その娘のためにドレスを作ったの。それで依頼というのはね、娘のところへドレスを届けてほしいの」
「ドレス?」
「ええ。世界にひとつだけの素敵なドレスよ。うちの召し使い達に頼んでも良かったのだけど、生憎あまり人数も多くなくて、まだここでやらなくてはいけない事や準備も多くて人手が足りないの」
「なるほどな。わかった。簡単な仕事だな」
「どうもありがとう。注意点は、繊細なものだから取り扱いに気をつけてほしい事だけ。馬車はこちらで準備します。報酬は、娘から返事の手紙をもらってきて頂戴。一言だけでいいわ。その手紙と交換でお支払いします」
「了解」
カルタスの返事に婦人は満足そうに微笑むと、またミゼットを見て、少し何か言い淀んでいるようだった。
ミゼットが不思議そうに首を傾げると、婦人は申し訳なさそうに告げた。
「すぐに荷物の用意をするわ。その前に、ひとつだけ、ミゼットさんに、ついでにお願いしたい事があるの。その……」
「は、はい!」
婦人が再びミゼットの手を取り握り、すがるような目でミゼットを見つめる。
「あなた本当に私の娘と背丈が似てる。だから、一回だけ試着してみてほしいの!」
「はひぃ!?」
勢いに押され気味のミゼットが素っ頓狂な声を上げる。お構いなしに婦人は続ける。
「だってうちの屋敷にはあなたくらいの背丈の召使いもいないし、サイズは問題ないと思うのだけど、着た時の裾の具合が不安なのよ。だから、お願い! 裾を見るだけなの! おかしかったらもう手直しが出来ないでしょう?」
両手はしっかりと捕われたままのミゼットがカルタスの方へと助けを乞うように振り返る。
「着るだけだろ? いんじゃねーの?」
特に何も考えずに答えた。カルタスの返事を受けた婦人は、ミゼットが何かを言うよりも先に「ありがとう!」と感謝の言葉を告げ、ミゼットの手を引いて退室した。連れ去られた形となったミゼットだったが、その表情はまんざらでもないようで、そんな仲間の様子にカルタスは、ドレスで喜ぶなんてあいつもガキとはいえ女なんだなと思いながら、
「パッと着てパッと戻ってこい。んですぐ出発だ」
とだけ告げて、欠伸をしつつ待つことにした。
婦人とミゼットの二人が部屋を出て随分と経つ。
時計を見ては不服に思いながらもカルタスは大人しく待つ。というか、待つ以外の事がない。
一体何がそんなに時間がかかるのか。どんな大げさなドレスだよ。舞台にでも出るのか。舞踏会用で気合いを入れすぎたのか。
色々考えてはみても想像はすぐに尽きてしまう。
今でこそこのような身なりをしているが、カルタスは実のところそれなりに名のある家の生まれであった。
本来ならば実家の関係で社交場などにも顔を出し、ドレスを纏った女性と接する事もあっただろうが、そもそもそういう堅苦しい事が嫌で家を飛び出し、現在のような暮らしを選んだ。
そんなことから、今ではすっかりドレスというものとは縁遠いと言える。
ふと思う。カルタスはミゼットのドレス姿というのが全く想像がつかない。
カルタスから見ればミゼットはまだまだ子供だ。妹がいればああいう感じなんだろうなと思う事は何度もあったが、粧し込んだ姿となると全く頭がついてこない。だけどきっと今頃あーだこーだはしゃぎながら試着しているであろう事はわかる。
こんな暮らしをしているとドレスを着る機会など皆無といっていい。あんな邪魔くさそうな服でも嬉しいんだろうな。
また時計を見る。先ほどからあまり時間は経っていないようだ。
ひたすら待つ事は体力温存という意味では悪くはないが、元々気が短いカルタスは、退屈なのも手伝ってすこぶる機嫌が悪化する。
執事がすぐさま空になったカップへともう何杯目かの紅茶を注ぐ。機嫌の悪さは表には出すまいとしていたのだが、随分と気を遣われているというか、怯えられているのだろうか。カルタスは反省をしながら礼を告げ、茶を啜る。
待つのも草臥れ、ウトウトしてきたところへカルタスは例の執事に呼び起こされた。
「あ、試着は済んだのか?」
「そのようでございます」
「よっし、じゃあ早速出発するか」
ぱっと身を起こし、ようやくの事にカルタスは立ち上がって少し体を延ばし、衣服を整え、周囲を見渡す。
必要なものが何一つ揃っていないではないか。
「んで? 荷物とチビは?」
「ドレッシングルームにございます。ご案内致します」
執事はにこやかに、丁寧な物腰でカルタスを廊下へと促す。
「こちらへどうぞ」
「どうも」
案内されるがまま、カルタスは長い長い廊下を執事の後ろについて歩いた。
なんでわざわざと思ったが、すぐに思い当たった。
ああ、そうか。まだ試着中か。折角のドレス姿を、粧し込んだ姿を仲間に見てもらいたいんだなと。そういう所はやはり年頃なのか、妙に微笑ましくてふっと笑う。第一声は、いつも何かあるとすぐ口にする『カルタスさあん、見て下さあい!』だ。それで手をぶんぶん振るに違いない。
大人っぽいドレスならからかってやろうか。愛らしいドレスなら、まあ、似合っていたら素直に褒めてやろう。ぶっ飛んだドレスだったら、それはそれで。いずれにせよその姿は想像がつかないし、若干の好奇心もある。透馬やイスカへの土産話にも丁度いい。
執事がやや勿体ぶりながらドレッシングルームの扉を開けた。
ドレスを身に纏ったミゼットは、こちらへ向き直ってすぐにカルタスを見つけ、
「あ! カルタスさあん、見て下さあい!」
と大きく手を振った。
ミゼットの二の腕まで覆う繊細な模様のグローブに、しっかりと握られた造花のブーケ。
髪には大小の花を散らした銀色のティアラが光り、長く柔らかなヴェールの内側で笑うミゼットは軽く化粧を施されている。
身に纏うのは肩の開いた純白のウェディングドレスだった。
「じゃっじゃーん、どうですかあ?」
幾重にも重なるドレスの裾を持ち上げてみせたり、大げさにお辞儀をしてみせたり、
「ああ、あまり乱暴に扱わないでね」
と婦人に諌められたり。はしゃぐミゼットの無邪気な様子は普段と何一つ変わらない、だが。
「カルタスさあん、似合いますかあ? ほらほらあ、どうですかあ?」
こんなおどけたような振る舞いをしていても、どこか神聖で、清純で、艶やかだ。
愛らしいものや美しいもの、色っぽいものや大人っぽいもの、珍妙なものからイマイチなものまで、どんなドレスが来ようとも、似合おうが似合わなかろうがまずはからかってやろうと思っていたのだが。
いや、流石にウェディングドレスは想定外だ。
「黙ってないで何とか言ってくださいよお」
と、ミゼットに肩口を軽く叩かれた所でカルタスはようやく自分が言葉を失っていた事に気付いた。
「……おい、聞いてねえぞ」
カルタスは婦人を軽く睨んだが、婦人は、
「そうだったかしら?」
と相変わらずのほほんとした態度だ。
一方のミゼットはだんまりのカルタスの様子に徐々にトーンダウンし、不安げに目を伏せる。
「あのう、似合いませんかあ……?」
「いや。そんなことは。ただ……」
「ただ?」
ウェディング姿のせいか、化粧のせいか。普段の姿とのギャップが激しすぎて調子は狂いっぱなしだ。
今の気持ちに相応しい言葉が見つからずにたじろぐカルタスに対しミゼットは容赦なくじっと見つめ言葉を待つ。
綺麗だとかよく似合うだとか、そういった言葉もどこか違うような気がして、代わりに、
「いや……油断したな、と」
とだけ言った。それだけでも何故だか少し照れくさい。だがミゼットには通じたのか、満足げに微笑んだ。
「ふふーん、それは褒め言葉ととらえていいんですよねえ? それじゃあいつものやつ、復唱しないとですねえ」
薄い生地の向こう側で薄い桃色の唇は綺麗な弓なりに。すっかり見慣れたはずの微笑みでさえも特別なもののように思える。
邪魔なヴェールを丁寧にたくし上げてやると、ミゼットは驚き仄かに色付いた頬がさらに紅潮しわたわたと動揺している。
カルタスはゆっくりとミゼットの額へと手をかざし、いつもよりほんの少しだけ優しげに微笑む。
そしてどこかぼうっとしていたミゼットの額を、勢いよく指で弾いてやった。
「いたああああい! ひどおい! デコピンしないでくださあい!」
「早速油断するからだ」
額を抑え恨めしい目で見るミゼットに、カルタスと婦人、召使いたちまでもが笑いだした。
「んじゃ、もういいだろ。とっとと着替えて仕事に戻んぞ」
「ええええ、もうですかあ」
「当たり前だ、いつまでも脱線してんじゃねえぞ。早くしろよ」
「はあい」
ようやく自分のペースを取り戻したカルタスは、すぐにくるりと踵を返す。
婦人も微笑み、カルタスを見送る。
「ありがとう。おかげで気になった所も直せたし、助かったわ。ドレスの搬送、どうぞよろしくおねがいします」
「任せろ」
丁寧に頭を下げる婦人にもわざとそっけなく言い、早々に退室した。
これ以上あの姿を見ていると余計な感情が生まれそうで、そんな感覚を振り払うように、カルタスは足早に客間へと戻った。
ふと微笑んだミゼットの姿を思い出し、たかだか荷物運びだからといつもの適当で愛想のない己の恰好をやや悔いる。
「あー、やっぱ俺もまともな服できてりゃ、ちょっとは様になってたかもな」
何故そんな風に思ったのかまでは、考えないようにした。