[SS]失われた宝
今、何が起こったのか理解することが出来なかった。
薄暗い洞窟。その冷え切った空気に反し、右目は燃えるように熱い。
そこから溢れる朱色の液体は、頬をなぞり、滴り、やがて胸元に滲ませる。
狭い視界。距離感が掴めないまま、尻餅をついた情けない態勢のまま、それでいて目の前に突きつけられた剣先から視線を動かすことが出来ないでいる。
何もなければ美しい剣。今は刃が斑に赤黒く染められている、錆びた臭いのする剣。
重力に従って滴るこの朱色は誰のものだ?
視線を刃から手元、腰、胸元へと持ち上げる。だが何故かそこから上を見ることが出来ない。
視線を動かそうとするのを、自分の中の何かが拒む。
目の前に立つのは誰だ?
と、その瞬間、一閃。
咄嗟に腕で防ぐも、勢いを保った刃にそのまま左肩を貫かれる。
鈍い叫び声をあげ、その深い傷に一切の抵抗も出来ぬ状態となる。
わかっている。問うまでもなく、よく知っている人物だ。ここには自分以外にはもう一人しかいない。
だが、自分を見下ろし笑っているのは、相棒に似ている……似ているだけの別の男だと信じたかった。
何故だ、何故だ……呻くばかりで他の言葉が出ない。
──いつか世界を驚かせるような宝を探し出して英雄になるんだ──そんなばかげた夢をからかわずに手伝うと言ってくれたのは、今まででお前だけだった。
ガラにもなく落ち込んだ時にも大丈夫だと励ましてくれたあの相棒の力強く優しい目。
初めて小さな宝を見つけた夜に食べたあの食堂のスープの美味さも、いつだって思い出せたのに。
この洞窟に入る前だってそうだ。本当は宝なんてどうでもいい、一緒に各地を飛び回るのが楽しくてたまらないんだと言ってくれたお前は、一体どこへ行ってしまったんだ?
どたりと横たわり、翳んだ視界に見えるのは、涼しい顔で袋に宝を詰めている見慣れたはずの横顔。
ちらりとこちらを見やり、口元を歪めた。
「お前はやりやすかったよ」
あいつはあんな顔をしていたっけ……? 信じた俺が馬鹿だったのか?
なんだよ。そんなもんがほしけりゃ、いくらでもくれてやったのに。
大切な宝が失われた。
頬を伝い流れ落ちるものが血なのか汗なのか、それすらももうわからなかった。